愛について語るときにイケダの語ること
愛について語るときにイケダの語ること
 
 
 
愛について語るときにイケダの語ること
愛について語るときにイケダの語ること
企画・監督・撮影・出演:池田英彦

出演:毛利悟巳

プロデューサー・撮影・脚本:真野勝成
(脚本家/「相棒」「デスノート Light up the NEW world」)

共同プロデューサー・構成・編集:佐々木誠
(監督作「ナイトクルージング」「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」)

デザイン:三宅宇太郎/WEB制作:上田茂/題字・イラスト・テロップ:山本アマネ
Special thanks:巻来功士/制作協力:株式会社クロオビ/配給・宣伝:ブライトホース・フィルム
2020年/58分/DCP/16:9
対象年齢18歳以上
四肢軟骨無形成症の青年による初主演・初監督作にして遺作
愛について語るときにイケダの語ること
 
愛について語るときにイケダの語ること
 
四肢軟骨無形成症の青年による
初主演・初監督作にして遺作
企画・監督・撮影・出演:池田英彦

出演:毛利悟巳

プロデューサー・撮影・脚本:真野勝成
(脚本家/「相棒」「デスノート Light up the NEW world」)

共同プロデューサー・構成・編集:佐々木誠
(監督作「ナイトクルージング」「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」)

デザイン:三宅宇太郎/WEB制作:上田茂/題字・イラスト・テロップ:山本アマネ
Special thanks:巻来功士/制作協力:株式会社クロオビ/配給・宣伝:ブライトホース・フィルム
2020年/58分/DCP/16:9
対象年齢18歳以上

 
 

NEWS

2021.06.05 「週刊金曜日」「キネマ旬報」に掲載されました!

 
6/4発売「週刊金曜日」に森達也さんによる映画評が掲載されました!  また、同日発売の「キネマ旬報」6月下旬号では<ドキュメンタリーがいま、物語ること>という特集内で本作をご紹介。 本作プロデューサーで脚本家の真野勝成 、共同プロデューサー、編集の佐々木誠のインタビューが3ページに渡って掲載されています。あわせてご一読下さい。
 
 
 

 

 2021.06.08 上映館が追加されました。

 
長野相生座・ロキシーの上映が決まりました。


 

INTRODUCTION

 
 

池田英彦・40歳・四肢軟骨無形成症
スキルス性胃ガンステージ4・趣味:ハメ撮り

身長 112 センチの青年が人生最後の2年間を凝縮した
初主演・初監督作にして遺作!

池田英彦・40歳
四肢軟骨無形成症
スキルス性胃ガンステージ4
趣味:ハメ撮り

身長 112 センチの青年が
人生最後の2年間を凝縮した
初主演・初監督作にして遺作!

生来の障害(四肢軟骨無形成症・通称コビト症)を持つ池田英彦(1974~2015)40歳の誕生日目前でスキルス性胃ガンステージ4と診断される。「今までやれなかったことやりたい」死を意識した池田の行動は性愛に偏っていき、自分と女性のセックスをカメラに収めるハメ撮りにはまっていく。そしてそれらを映画として遺すことを企む。20年来の友人である脚本家・真野勝成が協力し、2年間で撮影された素材は60時間を超えた。そして池田の死をもってクランクアップ。池田の「僕が死んだら映画を完成させて、必ず公開してほしい」という遺言に従い、真野は映画を完成させた。そして202012月にアップリンク渋谷にて行われた上映会で熱烈な反響を受け、劇場公開が決定した。 

愛とセックス、虚と実、マイノリティとマジョリティ...
それら境界線を冒険する。
ドキュメンタリーを超えた異色のセルフ・リアリティ・ショー!

愛とセックス、虚と実、
マイノリティとマジョリティ...
それら境界線を冒険する。
ドキュメンタリーを超えた
異色のセルフ・リアリティ・ショー!

障害と性、死を描きながら本作にはポップな魅力が溢れている。自らを被写体にする池田が死の間際でもユーモアを忘れず、ドラマ『相棒』の脚本で知られる真野との相棒(バディ)感あふれる軽妙なやり取りは笑いを誘う。「理想のデート」の相手として出演する毛利悟巳は池田を「虚構と現実」の狭間に導く重要な存在として清冽な印象を残している。そして編集を担当した映画監督・佐々木誠は自らの過去作と通底するテーマである「虚実皮膜」を池田の遺した膨大な映像の中に見出し、58分に凝縮してみせた。それにより善意と偽善の曖昧な境界線に楔を打ち込もうとした池田の闘争心が昇華され、単なるドキュメンタリー映画を超えたポップで骨太、本当の意味での多様性を問う異色作が完成したのである。

PRODUCTION NOTE

2013 年 10 月

四肢軟骨無形成症(通称コビト)の池田英彦(当時40)はスキルス性胃ガン・ステージ4と診断された。闘病生活の開始とともに死を予感してもいた池田は「やり残したことがないように悔いのないように生きる」ことを決める。池田が何よりやりたいこと、それはセックスだった。
 

2014 年 1 月

池田は自分のセックスを映像として記録に残し始める。いわゆるハメ撮りである。そして池田は20年来の友人である脚本家・真野勝成との会話の中で、自分自身を「映画」にすることを思いつく。相棒・真野を引き連れ、カメラを片手に池田は夜の街に繰り出していく。その一方で真野によるインタビューでは複雑な恋愛観を語っていく。そして「理想のデート」を実現するために俳優・毛利悟巳に出演を依頼し、デートシーンを撮影する。その中で池田は虚実の境界線を彷徨い始める... 

2015 年 2 月

自ら映画を制作する中で池田は映画そのものに傾倒し、様々な作品に触れていく。その中で一本の映画と運命的な出会いを果たす。『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』である。監督の佐々木誠と池田が会ったのはたった一度だけ。真野と佐々木はその後、友人となった。
 

2015 年 10 月

2年の闘病の末、池田は逝った。享年42歳。「僕が死んだら映画を完成させて、僕の本当の姿をみんなに見せて欲しい」その言葉と60時間以上に及ぶ映像が真野の元に遺された。真野は映画を完成させるために、佐々木誠に編集を依頼し、遂に池田英彦の初主演初監督作にして遺作となる『愛について語るときにイケダの語ること』が完成した。

 

STAFF & CAST

池田英彦 いけだ・ひでひこ(監督・主演) 
1974年1017日生まれ。神奈川県出身。
中央大学卒業後に相模原市役所に勤務。
40歳の時にスキルス性胃癌のステージ4と宣告される。それを機に映画とカメラに目覚め、自らを被写体にドキュメンタリー映画の撮影を開始する。しかし映画の完成を待たずに死去。享年42歳。本作が初監督作にして遺作となる。

毛利悟巳 もうり・さとみ(出演) 
日本大学芸術学部演劇学科卒業。主な舞台出演作に『真冬のバーレスク』『そよ風と魔女たちとマクベスと』(串田和美演出)、『じゃり』(小川絵梨子演出)、『グリークス』(杉原邦生演出)、『走り去る人たち』(永井愛演出)、『あの記憶の記録』(日澤雄介演出)等。『相棒15 元日スペシャル』(テレビ朝日)他映像や写真作品にも多数参加。

佐々木誠 ささき・まこと(共同プロデューサー・構成・編集)
映像ディレクター/映画監督。75年生まれ。主にPVCM、テレビ番組などを演出。映画作品に『フラグメント』『インナーヴィジョン』『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』『プレイルーム(「熱海の路地の子」)』『ナイトクルージング』などがある。

真野勝成 まの・かつなり(プロデューサー・撮影・脚本)
75年生まれ。週刊誌記者を経て、第21回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作入賞、脚本家となる。脚本を担当した作品はドラマ『新参者』ドラマ『相棒』映画『デスノート Light up the New world』など多数。本作が初プロデュースとした映画となる。

 デザイン:三宅宇太郎/W E B制作:上田茂/題字・イラスト・テロップ:山本アマネ/Special thanks:巻来功士
制作協力:株式会社クロオビ/配給・宣伝:ブライトホース・フィルム

本作の監督・主演の池田英彦は2015年10月25日に他界しています。
生来、四肢軟骨無形成症(通称コビト症)という障害を持っていた池田は最後に何を遺したかったのか?
映画の内容はセックスと愛をめぐるものです。
 
なぜ自分の性愛を映画にしたのか?池田は自分に対する人の優しさに対して、どこか苛立っていたようです。善意と偽善の境界線は曖昧で、池田はそれを問い詰めたりしたことはありませんが、自分を「善なるもの」に押し込めようとする何かに対して、自分の闇を叩きつけたいという衝動が人生の最後に爆発したのだと思います。奇しくも東京パラリンピックとほぼ同時期に公開となった本作は「こんな奴も生きていた」という本当の意味の多様性を見せてくれる作品だと思います。
 
本作プロデューサー/脚本家 真野 勝成

私は本作品の監督であり、主演でもある池田英彦さんと、一度だけしかお会いしていません。6年前にアップリンク渋谷で公開中だった私の監督作『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』を観にきていただき、上映後トークの後、受付の前で少しお話しした程度です。そのとき、一緒に来ていた真野さんとはそれが縁で親しくなり、その後、いくつかのプロジェクトを共同で行なっています。池田さんが亡くなったこと、その前に記録映像を残していたことは真野さんから聞いていました。

 
縁あって、今回、私がその映像を編集し作品にまとめることになりましたが、残された約60時間の映像素材の多くは、池田さんの性愛の記録でした。
私は障害を持った方の性を軸にした作品をいくつか手がけておりますが、実際のセックスそのものを撮ったことはありません。
 
ちょうど『マイノリティとセックスに関する〜』公開の際に原一男監督と対談をしたのですが、そのとき原監督から、あなたと対象との関係性を考えたら、実際セックスをしている場面を撮れると思うんだけど、なぜそれをしないのか、と問われ、私は「品がないと感じるから撮りたいとは思いません。それを撮ったことで、わかった気になるのも嫌で。見て、撮っただけで、問題の答えが明らかになるとも思えなくて」というような返答をしました。
しかし、池田さんが残した生々しい性交の記録は、全く下品に感じませんでした。
 
彼が残りの命を考えて起こした「行動」、それを映画作品として残し、多くの人に観てもらいたい、という確固たる想いが編集を通してダイレクトに伝わってきました。私は映像制作、特に編集作業をしている際、感情が揺れることはほとんどないのですが、今回初めて泣きました。
ハンサムで聡明、ユーモアもある池田さんですが、自身の障害を常に意識して生きてこられたんだな、と、そしてそれにケリをつけるためにこの映画を残したんだな、と強く感じました。
 
池田さんが命をかけて残した本作品をぜひ多くの方に観ていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
 
共同プロデューサー・構成・編集 佐々木 誠

 
 

COMMENT

主人公は四肢軟骨不形成症、いわゆるコビト。
その彼が自らのセックスを我が身を晒して撮ると決める。
一見スキャンダラスに見えるが、実は優れて知的冒険心に満ち、精神の働きの充実さを示す、生きた証なのである。
 

映画監督 原 一男

いかんともしがたい醜さやかわいさが体というものから濃密に匂ってくる。
心と体を分けて、体はただの入れものだとするという考え方、私は最近あまり好きじゃない。
厄介な奴だけど、体は切り離せない自分の一部である。
 

エッセイスト/漫画家 能町 みね子

エンターテイメントでも芸術でもなく、「全人類」必修!生きることヤルことの「基礎教養」。
 

漫画家 しりあがり寿

一人の、もう今では誰も会うことができない男性の、身体の障害や、セックスしているところや、おしゃれさやユーモアや、 元気に生きてるうちから「自分はいつか死んでしまう」と把握していたことや、自分が死んでいくのもふくめて映画にしようとしていた欲望が記録されてる映画なのだが、いちばん良かったのは、彼が(ぼくと同じように)愛することがうまくできないダメな人だったことまで偶然(必然?)映ってしまってるところです。
あたりまえの話ですがマイノリティにも「他人をうまく愛することができない自分」をみとめる自由がある。
 

AV監督/作家 二村 ヒトシ

昔の AV みたいな画質に風俗嬢とコビト症のイケダさんが絡み合っている。不思議と猥褻さは無い。ホドロフスキーの映画や “ザ・ノンフィクション”を思い出したりしてたら、滝藤賢一に似てしまったイケダさんが出てきて映画が終わった。試写室を出て 新橋駅に向かう途中、急に涙が出そうになったけど、ここで泣いたらあの世のイケダさんにニヤニヤされそうで我慢した。悲壮感ゼロの壮絶な生き様でした。
 

映画監督 山下 敦弘

イケダは「愛」について行動し、考察する。
それと同時に、カメラの前では「演技をする自分」について言及する。
カメラという呪術的な道具は、「愛」と「演技」を持って、「生」と「死」を丸裸にしてしまう。映像はいつしかイケダの裸体を何度も通り抜け、何物かを映し出す。
メディアとは常に遺され、残された者たちへの遺言となる。
 

美術家/ドラァグクイーン
ヴィヴィアン佐藤

イケダは「愛」について行動し、考察する。
それと同時に、カメラの前では「演技をする自分」について言及する。
カメラという呪術的な道具は、「愛」と「演技」を持って、「生」と「死」を丸裸にしてしまう。映像はいつしかイケダの裸体を何度も通り抜け、何物かを映し出す。
メディアとは常に遺され、残された者たちへの遺言となる。
 

美術家/ドラァグクイーン ヴィヴィアン佐藤

ずっと、池田さんの魅力にやられっぱなしでした。 まるで池田さんのマジックにかかったように、出会う人もみんな魅力に溢れてて、ニンマリしちゃう。 カメラを向ける真野さんと池田さんとの関係が微笑ましいし、羨ましいしで。 なんて素敵な、青春バディムービーなんだ!と思いました。 みんなにはこの映画はどう映るんだろう。どんなマジックをかけられるんだろう。 どう観てもらってもいいよって言ってくれてるような、自由で寛容な映画。
僕、大好きです!
 

映画監督/「まともじゃないのは君も一緒」
前田 弘二

ずっと、池田さんの魅力にやられっぱなしでした。
まるで池田さんのマジックにかかったように、出会う人もみんな魅力に溢れてて、ニンマリしちゃう。
カメラを向ける真野さんと池田さんとの関係が微笑ましいし、羨ましいしで。
なんて素敵な、青春バディムービーなんだ!と思いました。
みんなにはこの映画はどう映るんだろう。どんなマジックをかけられるんだろう。
どう観てもらってもいいよって言ってくれてるような、自由で寛容な映画。
僕、大好きです!
 

映画監督/「まともじゃないのは君も一緒」 前田 弘二

可哀想で、守られるべき、小人。 そんな私たちが漠然と思い描いている障害者像を、イケダは完膚無きまでに破壊してくれる。 彼も我々と同じく清濁様々な欲望を持ち、必死に生きてる、普遍的な人間の一人なのだ。 表現の自由と禁忌の境界線をめぐるスリリングな冒険。
本当に揺さぶられた。
必見の一作。
 

映画監督/「香港画」 堀井 威久麿

 イケダさんの瞳、その体を支える手のネイル。倒れたプーさん。そして登場人物たちのはにかんだ笑顔と笑い声。この映画は愛についての映画ではなく、愛の映画だと思う。それは観せることではなく与えることに賭けた映画だからだ。ハムレットの言葉を借りるならば“いつかの亡霊(愛)は悪魔の仕業やもしれぬ。もっと確かな証拠が欲しい。それには芝居こそもってこいだ”キックボードに乗ったイケダさんは軽やかにラインを越える。
 

脚本家・映画監督 空族 相澤 虎之助

 イケダさんの瞳、その体を支える手のネイル。倒れたプーさん。そして登場人物たちのはにかんだ笑顔と笑い声。この映画は愛についての映画ではなく、愛の映画だと思う。それは観せることではなく与えることに賭けた映画だからだ。ハムレットの言葉を借りるならば“いつかの亡霊(愛)は悪魔の仕業やもしれぬ。もっと確かな証拠が欲しい。それには芝居こそもってこいだ”キックボードに乗ったイケダさんは軽やかにラインを越える。
 

脚本家・映画監督
空族 相澤 虎之助

嘘とか本当とかどうでもよくって、セリフかセリフじゃないかもどうでもよくって、ただ小さな身体を通して語られる言葉や、言葉にしなかったことが、耳や目に残り反響を続けている。会ったこともないけれど、私は確かにイケダさんと出会うことができました。
 

女優・文筆家 睡蓮 みどり

『あー、面白かった』
と、正直に思った。
あっという間に時間が過ぎ、池田さんの愛を、人生の一部を見せてもらえたのは、贅沢で濃厚なひと時。この映画に心臓鷲掴みにされる人多いんじゃないかな。ちなみに私もそのひとりです。
 

俳優 片山 萌美

池田さんといえば、以前我が家で会食した時の事を思い出す。
その時と同じ穏やかさの彼がそこにいた。
抗えないモノ(死)までハンディキャップの一つとして受け入れようとする強さが画面にあった。
淡々とした表情は五体満足なのに どこかが病んでいるボクらの心に微笑みかける。
そして、力を与えてくれる。
 

漫画家 巻来 功士

THEATER

2021年6月25日(金)より
アップリンク吉祥寺にて
最初で最後のロードショー!